介護施設へ入所した方の経緯(例)
介護施設の利用には、「通所」と「入所」の2つの方法があります。
「通所」は自宅をベースに日帰りで施設を利用すること、「入所」は生活のベースが施設になるということです。「入所」を決める際には様々な課題や悩み・葛藤も出てくるでしょう。
これまで多くの方の介護施設入所に立ち会ってきました。
その中で、介護老人保健施設(以下、老健)に入所してすぐに退所された方がとても印象深く記憶に残っています。Aさんは80代後半で、独身の次女と二人暮らしをしていました。ご主人は他界され、少し離れた場所には長女もおり、お元気な頃は3人で旅行に行くような仲の良い家族でした。身体の衰えや認知症の症状が出始めてからも在宅で生活を続け、デイサービスにお世話になりながら自宅で生活を続けていました。数年間、在宅介護を受けながら生活をしていましたが、昼夜逆転や徘徊、排泄介助など同居の次女の負担が大きくなり、ケアマネジャーから施設入所を勧められて老健に申し込むことになりました。
ここまではどこにでもある、老健入所に至った経緯です。
老健に申し込みに来た次女は、
- 「在宅での介護生活は負担が大きく、すぐにでも入所をお願いしたい」
- 「将来的には特養に入所してもらいたい」
- 「在宅介護より費用が掛かるのは仕方がない」
というような意向で老健に申し込みをされていました。申し込みの面談の際には、老健の仕組みや利用料金、老健でできることやできないことを丁寧に説明し、納得のうえで入所を希望されています。次女は働きながらお母さんの介護をされていたので、時間的にも精神的にもとても追い込まれていたのだと思います。
ところが入所した翌日に長女が施設にきて、
- 「以前のように元気になるようなリハビリをして欲しい」
- 「なぜ、入所前と薬を替えなくてはいけないのか」(※老健では、利用料金の中に薬代を含めた医療費も含まれるため、高額な薬を使用する場合はジェネリックなど代替品を使用することがよくあります)
- 「施設への入所はお母さんが可哀想」
と申し出てこられ、結局ご本人をその日のうちに連れて帰ってしまいました。
これまで、体調不良や入院で短期間での退所を経験したことはありましたが、ご家族の都合で一日で介護施設を退所されるということは、極めて異例で、初めて経験するケースでした。
介護施設に入るということ
在宅介護は大変な負担ですが、介護施設に入所するということは、ご本人はもとよりご家族にとっても大きな決断です。365日24時間の介護を受ける代わりに、ご家族と一緒にいる時間は減ってしまいます。自宅に居れば好きなときに好きなものを食べられるが、施設ではそうはいきません。お風呂や起床の時間も同様です。
このケースを見て思ったことは、どんなに仲が良い親子でも親が高齢になり身体が衰えて来た時に、誰がどのように介護をしてあげるかを決めておくのは難しいということです。介護施設に入るのが不幸なのか、在宅介護を続けて次女が大きな負担を負うことが正しいのか、そこはご本人やご家族の価値観です。
家族や親戚間での意見の食い違いは本当に多く、普段、高齢者を見ていない家族ほど、介護施設に入ることに反対するというのはよくある話です。小さな子供を見て「少し見ない間に大きくなったね!子供の成長は早いね!」という話をしたことがあると思いますが、高齢者についても同じです。ある時を境に、急激に物忘れが進んだり動きが悪くなったり。加齢による衰えは早い遅いの違いはあれ誰にでも起こり、避けて通ることはできません。特に同居していない家族や親戚は、「うちのおばあちゃん(おじいちゃん)は、こうじゃない」と言いがちです。
介護施設に入るメリット
私は介護業界に長く従事しており、色々なご家族を見てきました。在宅介護を担うご家族の苦労もたくさん見てきたので、介護施設に入るということは肯定的に考えています。
在宅介護は当事者である同居のご家族は本当に大変で、だからこそ介護離職が社会問題になっています。一方で、同居していない家族や親戚は、家で見ることの苦労を目の当たりにしないため、何が大変なのかの理解ができない場合があります。
介護施設に入るということは、何かを犠牲にするものと思われがちです。できるならば施設に入ることで何かを犠牲にしたくない、させたくないというのはご本人も家族も共通した思いでしょう。しかし、介護や高齢者の日常生活を支える専門職がいる施設に入ることで、ご家族にも心の余裕が生まれ、今までより優しく接することができる場合もあります。
何よりも子供たちは、親が老いるということを冷静に受け止めなければならない、と感じています。